青氷のブログ
整理中です。現在、サイトの更新情報を載せています。
【SS】クリスマス・その後(~王道学園の教師になった! 井原×狭山)


 ――最初は、天皇誕生日に出かけようという話だった。

け れど完全に学校が冬休みを迎えたほうがいいと、こんな時だけ理詰めに反論されて、ため息をつきながら俺はケーキを焼いたものである。井原先生はワインを調達してきてくれた。ほかには、チーズとキャビア、生ハムなんかを適当に買ってきてくれて、今日は準備はいいから一緒に飲もうと言われた。俺には、ちょっと、なんて気分で買ってくるには高級すぎるツマミだったから、やはり井原先生には財力もあるのだと、こういう時に思わせられる。

 さて、そんなクリスマスが終わり、忘年会も終わって――27日。
 要するに今日こそは、街へ出かけようと、俺は説得している。
 これまで井原先生は何かと理由をつけては断ってきた(!)。

「井原先生、そろそろ出かけますよ?」
「さ、狭山先生……今日大雪みたいですし、やっぱり、そ、そうだ初詣にしませんか?」
「井原先生……そんなに俺と一緒に出かけるのが嫌なんですか?」
「まさか!」

 俺が俯いて、コートのポケットに手を入れていると、慌てたように井原先生がソファから立ち上がった。まだ白衣姿だ。とても行く気が感じられない。

 思わずため息を押し殺した時、正面から腕を伸ばされた。

 抱きしめられる――と、思ったのはわずかな時間で、すぐにその腕は下ろされる。井原先生は、本当に照れ屋だ。男同士でこんな事を言うのも、今更あれだが、俺は井原先生にならば抱きしめられてもいい。だが、基本的に許可制だ。

 ……まぁ、この距離が、徐々に近づいていくのも、楽しみの一つなのかもしれない。




スポンサーサイト

【SS】聖誕祭(寂しい現実~/ギル×ウィズ)

 もう聖夜も終わる。本当は昨日が聖夜だった。今日は生誕祭当日だ。

 パンを切った俺は、クリームチーズをのせ、赤ワインを氷にさらしながら、窓の外の雪景色を見た。既に夜も更けている。

 ――独りきりのクリスマス。

 クリスマスという行事は誰がもたらしたのかわからないけれど、この大陸に根強く存在感を醸し出している。ここのところは、レライと過ごしたり、ロトと修行をしたりして過ごしてきた。けれど戦火が迫った今年は、ちょうど良く休暇であるものの、一人だ。

 ノックの音が響いたのは、ローストチキンが焼きあがったときのことだった。

「はい?」

 声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
 そして俺は目を瞠った。そこに立っていたのが――ギルだったからだ。
 思わず一歩後ずさる。

「ウィズ、急で悪いんだが、明後日の作戦の件で――」

 ギルは額から血を流したまま、至極義務的にそう言った。
 俺は緩慢に瞬きをしたあと、なんとか我を取り戻した。
 蕩蕩と作戦を語るギルの姿を、どこか異質な気分で俺は見守る。

 俺は多分、まだ割り切れないでいる。

 それでも――何故なのか、ギルを見ると、胸騒ぎがする俺がいる。
 恋の予兆の胸騒ぎが。



【拍手SS再録】最弱の勇者の息子(短編)


 そこは、山間にある、忘れ去られたような寒村だった。


「勇者よ覚悟!」
「あー人違いです。俺それの息子」
「勇者の……息子よ! 覚悟」
「いやぁ、残念ですが……俺、勇者の能力とかなにも受け継いでないんで、俺を殺しても武勇伝になりませんよ」
「だとすれば聖女の奇跡の力とか……癒しの力の持ち主だな!」
「いえ。ただの三十二歳独身無職です」
「……え、いやでも……折角こんなド田舎まで来たんだし……――いざ尋常に勝負!」
「ぶ」
「弱っ!!」
「……うえ、凄い痛い――ってか、最初から言ってるだろ! 俺は何の力も受け継いでないんだよ。受け継いでたら冒険者にでもなっとるわ」
「……いやでも、」
「でも、も、何も、何にもないんだよ、俺には」
「――大丈夫だ。『何にもないんだよ、俺には』だけ抽出すれば格好いいぞ」
「……そう? 何、声フェチ?」
「嫌違うけど。んー、けどなんかあるだろ? 何にもないとか言うなよ。大体本当に何もなくて無職ならどうやって暮らしてるんだ?」
「両親が残した家と遺産。一生困んないくらいある」
「じゃ、じゃあその財産を寄越せ!」
「おぅ」
「え……いいの?」
「ああ。大抵いつも金で解決してるからな。全部は無理。ってか、あんたの口座がパンクすると思うから」
「金で解決……ええと、じゃあ1億メーラ」
「1億な。口座番号は?」
「え、あ、はいこれです」
「ん。振り込んだ」
「……視覚魔術でか? 魔術使えるんじゃん!」
「ちょっとだけな。だって一々ギルド行くの怠いし。必死に覚えたんだ、この俺が必死に。ちなみに両親は魔術使えなかったから、これ勇者に無関係。誰でも使えるレベル」
「なぁ」
「あ?」
「いやでもさ、魔術使えるんだし、他にも何かあるだろ? お前、特技は?」
「特技……特技かぁ。あ、」
「なんだ?」
「ポテトチップスをカラッと揚げられる」






 村に唯一の酒場にて。


「兄さん、よく飲むねぇ」
「んー……普段はあんまり飲まないんだけど、情報収集がてら」
「こんな村で、情報収集――っていうと、アレしかないな。あれだろ、勇者の息子に会いに来たんだろ? いやー、良く来るんだよねぇ」
「そうなのか」
「ちなみに酒場にも良く来るよ、あと一時間くらいしたら来るな。常連だから」
「なぁ……変なこと聞くけど、アレって弱いの?」
「強かったら、今頃冒険に出てるんじゃないかねぇ」
「けどさ、潜在能力はあるだろ?」
「あー、どうだろうねぇ。小さい頃は、神童とか持ち上げて、みんな期待してたんだけど……正直、何の力もなかったみたいだ」
「期待に押しつぶされたのか?」
「かもな。けど、所詮そこまでの器って事さ。あいつの父親は、絶対冒険者なんて無理だってみんな言ってたんだけど、気にせず旅に出て、勇者様だしなぁ」
「え、取り柄とかないの、アイツ」
「取り柄ねぇ。ま、俺がアイツなら自殺してるかも。そう言う意味では、生きる意志が取り柄か」
「自殺って……」
「ほらアイツ両親ともに旅してたから、継ぐ家業とかないんだよ。勇者の生家は、勇者がいない間に魔族の急襲を受けてなぁ……鍛冶師だったんだけどな」
「辛い思いをしたんだな」
「まぁけど、生きてるけどね。勇者達の遺産で、村はずれて暮らしてるよ。悠々自適に。働く必要なくなったから、何もしてないけど」
「ええと、他の自殺要因としては?」
「まず、あの歳になって無職だ。アレで家事でも出来れば、女の冒険者にモテるかも知れないけどな、家事もまるっきり駄目。唯一ポテチ作るのが上手い」
「へ、へぇ……」
「掃除も出来ないから、ゴミ屋敷に住んでる。見かねてお祖母ちゃん、あ、勇者のお母さんな、月一で掃除行ってるみたいだ」
「なるほど」
「そんなんだからさ、嫁のきてもない。大体三十代って言ったら、この田舎じゃ、孫いてもおかしくないし。もうホモなんじゃって噂までたったよ」
「……え、え? そうなのか?」
「嫌、ただの噂だな。だって、毎週隣町の花街行ってるみたいだし。ま、夜の店でくらいさ、金パーッと使って気分転換しても良いだろ」
「ああ……所で、長所とかないのか?」
「長所? 長所……強いて言うなら、文字が読めるところか。この村、読める奴と読めない奴半々くらいだから。後は、まぁ、顔とか?」
「なぁ花街以外には外に出ないのか?」
「昔は、隣町のギルドに金振り込みに行ってたけどなぁ。なんか便利な魔術覚えたって話しだし。うちの子供も四歳だけど同じ魔術使える、良いよな、アレ」
「困ったな……」
「ああ、勇者に勝った的な証とか欲しい感じかい? 証明書、500メーラで売ってるよ。勿論この店にもある」
「そ、そうなのか……いやさ、俺としては、出来れば負けて、一緒に旅立ちたかったんだよ」
「なるほど、そのパターンか。まぁ、あの引きこもりを連れ出してくれるんなら、村としても有難いんだけどね」
「――嫌われてるのか?」
「別にそうじゃないんだ、ただ、引きこもってても、出会いもないし、可哀想だろう?」
「うーん」
「あいつもさ、勇者と聖女に唯一似た顔を生かして、女相手に男娼でもやればいいのになぁ。花街行くより」
「……」
「まぁ無精髭で小汚いけどさ、小さい頃はアレでも可愛かったんだ。あ、そろそろ来る時間だ。酒癖悪いから気をつけろよ」


 その時扉が軋んだ。


「あれ……まだ村にいたのかお前」
「ああ」
「暇なの?」
「暇……といえば、暇?」
「じゃあつきあえよ。今夜は飲むぞー!」
「お前、いっつも飲んでんじゃん。いつもの?」
「おぅ。後コイツにも一杯何か」
「あいよ」
「ええと、勇者の息子さん」
「何だよ改まって。それにさっきの威勢は何処に行ったんだ?」
「お名前は?」
「ジークフリート。名前は格好いいだろ。で、お前は名前何? 別に偽名で良いよ」
「魔王の息子です。本名です」


「「「「「!」」」」」


 店の中に、一気に緊張が走った。
 しかしジークフリートに気づいた様子はない。
 既に出来上がっている。


「へぇー、マオーノさんか。魔王みたいで格好良いな」
「いやあの魔王の息子です」
「? マオーノム? マオーノムス? 悪い、何処で切るの?」
「嫌もうなんか、何でもいい」
「で、また何で冒険者なんかに?」
「親子喧嘩しまして。父を倒そうかなって」
「あんまり親を悲しませるなよ。俺も両親が亡くなった時は後悔した」


 ボロボロとジークフリートが泣き始めた。


「う、ええ?」
「嗚呼、そいつ泣き上戸なんだよ。ほっとけ、ええと、その、マオーノさん?」


 恐る恐ると店主が呼びかける。
 しかしジョッキをガンと置いたジークフリートに、自嘲するという言葉はない。


「お前いくつ?」
「今年で1021歳」
「21? まだまだこれからじゃん! それにしてもお前見た目若いな! 17歳くらいかと思った」
「いや、あの、だから――」
「で? お父さんと何があったんだよ?」
「その……世界を滅ぼそうとしてるんです。そんな事したら、大変じゃないですか」
「あー、きっとその内新しい勇者が見つかるから大丈夫だって」
「え」
「俺の父親が、口癖のように言ってたんだよ。強すぎて魔王倒すとか不可能だから、金で解決すべきだってさ。だから俺の母さん、金持ちだったから、連れてったんだって」
「……要するに、勇者って、お金を払う係?」
「まぁそうなるな。魔王城に着くまでは、本気で倒す気でいて、魔族相手に戦ったらしいけど。もう城に入った瞬間、諦めたって」
「――確か、ジークフリートさん、お金持ちでしたよね?」
「んー、まぁなぁ。この国じゃ、二番目に金持ちかもな。一番はやっぱり王様何じゃない?」
「要するに、貴方を連れて行って、父に差し出せば、最終的には収まるって事ですか」
「冗談きついわ」


 今度は、ジークフリートが爆笑し始めた。


「っ、そ、そんなに笑うことか?」
「あー気にすんな。そいつ、ひとしきり泣いた後は、笑い上戸になるんだよ」


 その内に、ジークフリートが煙草を吸い始めた。
 周囲に煙が充満する。


「所でマオーノは、普段は何してるんだ?」
「普段は、『平伏せ愚民共よ』とか言ってます」
「それでいくらもらえるんだ?」
「いや無収入ですけど」
「へぇ。そろそろ自立した方が良いじゃないか?」
「お前に言われたくないと思うぞ、マオーノさんも」
「うるせぇよ。どうせ俺はすねかじりだよ!」
「そ、そんな怒らず……収めて下さい!」
「平気平気。コイツ笑った後は、怒り出すんだよ」
「俺の本気を見てみろ! 秘儀! ≪冷花蜂空星莉央≫!!」
「くっ!?」


 その時放たれたのは、SSS級と呼ばれる、この国の魔術師はおろか大陸中探しても、使える人間が三人ほどいるか否かの、超魔術だった。


 まさか――全部演技だったのでは!?


 俺を殺すための罠か、そんな心境で、ひっそりと魔王の息子は、掌に魔力を貯める。


「まぁた始まったよ! 店を壊すなって何度言わせるんだ」
「あ、悪ぃ。今直すわ――≪空間魔術、時間魔術、遡流!!≫」
「!」


 空間魔術と時間魔術の併用、だと?
 片方が使えるだけでも凄い、しかも併用となると、それこそ神話になるような伝説的賢者が過去に使えたレベルだ。


 そんなの魔王でも、一発使ったら、一ヶ月くらい寝込むぞ……。
 仮に当たりでもしたら百年ぐらいの眠りにつくだろう。


「マオーノさん、騒がしくて悪いな」
「え、いや……」


 店長も他の客も、驚いた様子はない。


「いっつもこうなんだよなぁ、ジークフリートは」
「だってさぁ。俺だって、俺だって、自分で自分のことが情けなくて……!」
「あーあー、そんなに凹むなよ。次何飲む?」
「ウイスキー」
「止めとけ、お前、混ぜるな危険って感じだろ、他の酒。素直に麦酒にしとけ、なぁ」
「おう」


 そんなやりとりを見ながら、魔王の息子は眼を細めた。


「いつも――このような魔術を?」
「おぅ。俺達はもう慣れっこなんだけどな」


 な、慣れ?
 え、もしかして凄いって誰にも分からない?
 そう言うこと?


「……ジークフリートさん」
「ジークでいいぞ」
「ジーク――やっぱり、一緒に旅、出ません?」
「やだよ、俺、死んじゃうよ……多分魔族の攻撃で一撃だ……何お前、旅したいの? 此処まで旅してきたんだろう?」
「いえ、転移してきました」
「テンイ? 何ソレ」
「魔術です」
「ふぅん。魔術かぁ。よく分からんけど、俺と違って凄いの使えるんなら、宮廷魔術師とか目指した方が、親御さんも安心だろうよ」
「……」


 この人本人も自分の実力分かってないのか……。


「お前ならまだ年齢制限にも引っかからないし」
「年齢制限?」
「城仕えは、25歳までしか、新人とらないんだよ」
「な、なるほど」
「昔は、25なんてオッサンだと思ってたのになぁ……今なんてガキにしか見えねぇよ。これが年取るって事かぁ」
「……」
「三十二とか……加齢臭とかさぁ、何か父さんと同じ匂いが枕からするんだ。しかも、腕とか足とかは毛深いのに、枕見ると髪の毛落ちてる」


 その時常連客の一人が言った。


「安心しろ、お前の頭の中は十分十代で通る」
「てめ、それって成長してないって意味だろ! 馬鹿野郎!」
「悪い、もっと低年齢だったか?」
「んだと、表に出ろ!」
「や、暑いから無理」
「もう此処で良いわ――≪流星群輝華哀≫!!」
「へっ、その程度――宿れ剣聖≪偽道化師≫!!」


 え?
 えええ?
 何者だ、この剣士……。
 あのSSS級魔術を、剣に魔力を宿して受け止めた……?


「だから馬鹿者共、店壊すなって言ってんだろうが!! ――≪光宣壊≫!!」


 店長の放った光で出来た大きな掌に、二人は押しつぶされるようにして、床に倒れた。


「悪いな、マオーノさん。一杯奢るよ」
「あ、はい……え? え? あ、あの」
「んー? ツマミの方が良いかい?」
「――この村の人って、みんなこのくらいの強さなんですか?」
「弱くてビックリしたか? ま、田舎なんてこんなもんさ」
「俺帰ります」
「そうかい? また来な」


 魔王の息子が去った後。


「今回はちょっとやばかったな」


 店長の言葉に、常連客の一人である剣士が大きく頷いた。


「事前に、息子が家出しちゃったって、魔王から泣きながら通信貰わなかったら、まずかったですね」


 この二人は、仮にも王女の息子であるジークフリートの護衛のために、この村に越してきた者だったりする。


 全く酔っていないザルの二人は、酔いつぶれるように酒浸りになっているジークフリートを見据える。


 二人の会話など全く聞いていない。






 素直に魔王城に帰還した息子は悩んでいた。


「どうしたのだ、息子よ!」
「いや、その、思いの外人間が強くて……」
「ああ……お前、聖リーディルフィア村にでも行ってきたのか。ほら、勇者の生まれた村」
「え、ええ。ってかなんで父さん分かったの?」
「あそこ、勇者パーティにいた剣士と聖職者も住んでるから」
「!」
「しかも勇者の息子に会ったか?」
「はい」
「あれの祖父は、嘗て≪劫火の賢者≫と呼ばれた天才的な魔術師で、祖母は≪煉獄の魔女≫と呼ばれた冷徹な実力者なんだよ」
「は?」
「普段は、杖作りに命かけてたけどなぁ……あの二人を相手にしたら、俺も負けるかも知れない」
「え」
「だから二人としては、勇者に魔術師になって欲しかったらしいんだ」
「ほぅ」
「でも勇者は、剣が良い剣が良いって泣いてさ、仕方ないから、まぁその内飽きるだろうって事で、旅に出したららしいんだ」
「な、なるほど」
「でもものっすごく弱かったんだよ。けど本人やる気だしさ。で、その頃、俺に見合いの話が来たの。聖女と。俺後妻とかいらないし、ロリコンじゃないのになぁ」
「はぁ」
「で、王女と勇者をくっつけたら良くね? って事で、全魔族に通達したんだ。全力で、勇者が格好良く見えるようにしてくれって」
「……それで、勇者は魔族を倒した?」
「そうそう。だけど魔王城に来たら、いくら最弱の勇者で魔術の勉強ほとんどしてないとはいえ、魔力に気づいちゃったんだよ」
「……で?」
「俺と王女で話し合ったんだ。で、予定してた結婚の時の持参金を俺が貰うことになって、代わりに王女は、帰ることになった。なんかね、この駄目人間には私がいないと、って言うタイプだった。いや本当、勇者が剣にはまってくれて良かった。本当、勇者以外は強かったんだよ、あいつら」
「……勇者に勝った証が、500メーラで売ってるらしいんですけど」
「だって、剣士としては最弱だもん。妥当な額だろ」
「勇者の息子は、魔術やばかったですよ」
「知ってる知ってる。あんまりにも勇者が家事子育てできないから、小さい頃、聖女から俺、何度も預かったもん。その頃お前は、別の国で魔王代行してたから知らないだろうけど。魔術教えたの俺だし」
「――旅とか、出ないんでしょうか」
「んー、どうだろ。勇者の息子と俺が本気でバトったら、大陸沈むだろうし、周囲が全力で止めそうだけど」
「……そんなに強いのか、あの人」
「お前なんて五秒で負けるよ。お前が仮に一つ勝てるとしたら、顔だな。顔だけなら、良い勝負だろ」
「え、それ、一体どうやって勝負すれば……」
「ナンパ対決とか」
「嫌だ」
「じゃー、勇者の息子を惚れさせるとか? 勇者バイだったから、いけるかもよ? お前同性愛者だし、今フリーだし。いいんじゃないか」
「えー。あのですね、男なら誰でも言い訳じゃないんです。父さんだって、チンパンジーの雌と美少年だったら、美少年選ぶでしょう?」
「なるほど。一理あるな。じゃあ、お前好みに、格好良くしてやれば? 元の素材は悪くないはずだし」
「……えええ。ちょっと考えてみたんですけど、俺、加齢臭がする人はちょっと。ハゲは別に良いんですけど」
「香水でも上げれば?」
「うーん」


 そんなこんなで、今日も世界は守られる。
 案外勇者の息子は、本人も勇者なのかも知れない。


(拍手BL再録)約束していたわけではない。(読み切り短編)


「もう一度だけでいいから」


 呟いて俺は目を閉じた。


「何が?」
「え、別に」


 特に理由はない。意味深な事を言ってみたかっただけである。
 そうしたら、この人物はどのような反応をするのだろうかと、なんとなーく思っただけである。なんとなーくの、「ー」部分がミソである。俺の緩さの象徴だ。


「いや、気になるから」


 狐色の髪を揺らして、ipadから顔を上げた篠倉は、片目を細めて、不機嫌そうな顔をしている。俺はアップルパイを切り分けながら、空笑いした。


「良いって」
「だから何が? 早く言ってくれない? 今、連戦前で、あと一人メンバーそろったらしばらく声をかけられないんだけど」


 そこまで不愉快そうな顔をしなくても良いだろうと思うのだが、ゲームを邪魔されると篠倉はいつもこういう顔になる。猫みたいな目が、忌々しそうに細められるのだ。連戦というのは、連続でボスを倒すことらしい。俺には、何故ボスを何度も倒すのかよくわからない。そもそも俺は、ゲーム自体をやらない。


 だが、最近、キャラクターを作った。理由は、篠倉がずっとゲームをしているからだ。ゲームを始めたら、俺も、もっと篠倉と話が出来る気がしたのである。


 俺が篠倉に告白したのは、先月だ。ありきたりに「好きです、付き合ってください」と告げた。そうしたら、「良いけど、俺の一番はゲームだよ」と言われた。二番でも良いと俺は伝えて、恋人になった。正直、ゲームとの順位争いよりも、同性である点が問題になると思っていたので、拍子抜けしたものである。


 けれど、篠倉は本当にゲームが好きらしく、現在半同棲中なのだが、メンテナンスの木曜日以外は、「へぇ」とか「そう」とか、そういった生返事しかしてくれない。


 しかし俺は一昨日発見したのだ。


「だからなんでもないって」
「……」


 俺が意味深な発言をすると、篠倉は必ず反応してくれるのだ。
 もちろん、それっぽいことを言っているだけで、俺は何も考えていないから、篠倉には実に申し訳ないことをしているとわかっている。単純に気を引きたいだけなのだ。


 篠倉がこちらを見て反応してくれたので、俺は満足した。アップルパイを食べながら、パソコンを見る。明日はレポートの締切だ。俺たちは同じ大学で、同じゼミなのだが、俺はいつも期限ギリギリにレポートをやり、篠倉は即日で終わっている。


「――もしかしてさ、春野」
「ん?」
「覚えてない?」
「え?」


 すると不意にそんなことを言われたから、俺は顔を上げた。


「何を?」
「……」


 首をかしげた俺を、篠倉はじっと見ている。
 そして――今日は火曜日に日付が変わったところだというのに、iPadをテーブルに置いた。え? そんな姿は初めて見た。付き合ってからこれまで、ゲームのメンテナンスの日以外は、常にゲームをしていたというのに……どうしたのだろう。


「え、っと、何を?」
「あのさ」
「う、うん?」
「メンテの日以外話しかけないでって言ったよね」
「……」


 俺は俯いた。鬱陶しかったのだろう。言われなくたってわかってる。わかーってる! だ、が、構って欲しかったのである。しかしすねたところで、無視されて終わる。


「春野がそういう態度なら、いつ別れてもいいんだけど」
「すいませんでした、申し訳ありません、やめてください」


 頭を深々と下げてそう言ったら、篠倉が再びiPadを手にとった。
 ゲームの音楽が響いてくる。俺はその音が嫌いになりそうだ……。
 上手に完成したアップルパイが、しょっぱく感じる。
 俺は、一時的にこのやるせなさを忘れることにして、レポートに没頭することにした。




 ――パソコンが発光したのはその瞬間である。


 へ?


 気づいた時、俺は森にいた。は?


「え?」


 目の前には篠倉もいる。周囲を見渡すと、たくさんの人がいた。
 全員コスプレをしていた。俺の手には、パソコンがある。
 他の人々の手には、iPadかその他タブレット、スマホなどがある。


 何事かと思ってパソコンの画面を見たら、「ようこそ、異世界へ!」と、書いてあった。これは、篠倉がやっているゲームのチュートリアルで表示される一文だ。? 頭に疑問符を浮かべる。ステータスというボタンがあるから、クリックしてみたら、俺は、先日作ったキャラと同じでレベル12のアサシンだった。


 恐る恐る篠倉を見る。


「な、なぁ、篠倉はレベルいくつ?」
「――カンストの双剣士だけど、なんで?」
「ん? 気になって」
「どうしてこの唐突な状況で、俺にレベルを聞いたの?」
「え?」
「他に、ここはどこだとか、聞くべきことはたくさんあると思うんだけど」
「へ!? ここは、お前が好きなゲームの世界じゃないのか!?」
「だとして――なんでそれを春野は一瞬で理解したの?」
「え?」
「約束していたわけではない、けど――俺最初に、ゲームは興味持ってもやらないでねって言わなかった?」
「う……」
「――メンテ以外の日も話しかける、やらないでって言ったのにゲームは始める、あのさ、春野って、ずっと言おうと思ってたけど、俺に嫌われたいの?」
「そんなわけないだろ!」


 思わず泣きそうになった。篠倉は、深々とため息をついている。


「とにかく現実に変える方法を探さないと」
「うん」
「俺から離れないでね」
「え?」
「いやあの、キュンとした顔されても、期待に反して悪いんだけど、単純に君が低レベルな初心者だろうと思ったから善意で言っただけだからね。この森、チュートリアル専用だけど、モンスターは強いから。チュートリアルだと襲ってこないだけで、普通は襲って来るんだ」
「そ、そっか……――あ」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「だから何? その言いかけてやめるのイラッとするんだけど」
「ごめん……でも、どうでも良いことだから」
「じゃあ言っても良いよね?」
「あの、レポートの締切までに帰れるかなって思ったんだ。あれ落とすと、俺留年だから」
「うん、まぁ、本当にどうでも良かった」


 そんなやりとりをしていると、茂みがざわついた。
 視線を向けると――巨大な狼が出てきた。あ、死ぬ、これ。
 そう思っていたら、篠倉が一歩前へと出た。
 だが、篠倉よりもさらに前へと出た人がいた。


「ここは任せろ!!」


 その黒髪の青年は、そう言って、長剣で狼を切り裂いた。
 ファンタジックなことに、狼は、切り裂かれると光の粒子になって消えた。


「お前、シノクラだな?」
「ええ、そうですが。そのノリって、アンザイさん?」
「おう!」


 何やら、篠倉の知り合いらしかった。髪と同じように黒い無精ひげを生やした青年は、それから俺を見た。


「そちらは?」
「――知人です」


 篠倉がそういった。俺はショックを受けた。確かに同性だから、恋人だと言わないのはわかる。だが、せめて、「友人」と言って欲しかった。知人って……涙が出てくる。


「いっつもゲームで自慢してた美人の恋人じゃないのか? 特徴的に」
「ちょ、アンザイ黙れ。聞かなくていいからね、春野」
「ほら、名前もハルノだし。へぇ、妄想かと思ったら、本当に恋人いたのか、お前みたいな廃人に」
「だから黙ってください、真面目にうるさいです」


 ふたりのやりとりに、俺は目を見開いた。
 こ、れ、は――プラス思考に考えて俺のことだと思うべきか、それとも篠倉には実は俺以外に可愛い美人の彼女がいると考えるべきなのか……思わず唾液を飲み込み、俺は両腕で体を抱いた。どちらだ……?


「なんでも聞いた話、今ここに異世界トリップしているメンバーは、全員うまくいってない恋人同士だから、仲直りすると現実に帰れるらしいぞ」
「あのアンザイさん、それはどこ情報? いつもボスの討伐の時、誤情報持ってくるから信用ならないんですけど、一応聞くと、仲直りって? 何をすれば? 喧嘩なんかしてませんし、そもそもうまくいってます」
「なんだよ、やっぱり恋人じゃねぇかよ」
「もういいから、要点のみ具体的に」
「恋人に大好きって気持ちをうまく伝えられてない、が、イコールうまくいってない、らしい」
「……」
「それを謝って、大好きだと伝えるのが、仲直り」
「……」
「どこ情報って……俺のスマホには、インフォメーションってボタンがあってそこに出てるけど、お前の無いの?」


 二人のやり取りを眺めながら、俺はパソコンに視線を戻した。
 結果、俺のパソコンにはインフォメーションボタンは無かった。
 そもそもこのゲームは、パソコンではできないはずなので、よくわからない。
 俺のパソコンには、ステータスボタン一個のほかは、レポート執筆画面しかない。
 もしも締切一分前とかに現実に戻ってしまったら困るので、俺は続きを打つことにした。


 それから――どのくらい経ったときのことだったのか。


「――あの、春野?」


 唐突に篠倉に腕を引っ張られた。


「ん?」
「聞いて」
「んー」
「あの」
「ふーむ」
「おい春野」
「んー、うん」
「春野!」
「今忙しい」


 俺は一つのことしかできないため、ひたすらレポートを打っている。あと数行、よし、やった、完成!!!!!


「終わったー」
「……はぁ」
「あれ、篠倉? どうかしたのか? お話は終わったのか?」
「なんで春野ってさ、俺がゲームやってないと俺のこと見てくれないの?」
「――え?」
「ずっとそれ思ってた。俺がゲームしてないと、ほかのことに夢中で、ゲームはじめるとこっちによってきてさ」
「え、え?」
「だから俺、ゲームやってるんですけど」
「篠倉!? そ、それ……本当に?」
「本当に。つまり、どういうことかわかる?」
「俺によってきてほしい!」
「正解。じゃあ、その理由は?」
「理由?」
「ヒント、春野のが意味もなく『もう一度だけでいいから』とか言い出すのと同じ」
「!! 構って欲しいから!」
「大正解。つまり?」
「へ?」
「これをインフォメーション情報と合わせるとどうなりますか?」
「俺たちはうまくいってない!」
「そうじゃなくて! 大好きだってこと!」
「!!」


 それを聞いて俺が目を見開いた瞬間、またパソコンが発光した。
 ポカンとしているうちに、俺たちは現実世界へと戻ってきた。


「あのさ、これからは、異世界転移のレポートとか、魔法陣付きで部屋で書くのやめて」
「ごめん」


 時計を見ると、亜空間ゼミの時間が迫っていた。
 俺たちは魔法大学の三年生で、召喚術の勉強をしているのだが、そのうちの必修の一つで異世界トリップの研究をしているのである。ちなみに、ゲームというのは、異世界の技術で、篠倉の専攻分野である。


「じゃ、大学行きますか」
「うん。あ、あのさ、篠倉」
「なに?」
「これからは、お前がゲームしてても話しかけない」
「……あ、そう」
「けど、ゲームしてない場合、お前を構う。構い倒す!」
「ふぅん」
「今後は、ひとつのことにしか集中できない俺なので、篠倉のみに集中します」


 俺の言葉に、篠倉が吹き出すように笑った。
 その後俺たちは、手をつないで大学に行った。意外と幸せである。




【番外】黒猫(困窮フィーバー@藍円寺次男)


 ――黒猫が目の前を横切ると、不吉だと聞く。

「可愛いな」

 しかし、そんな迷信を俺は信じない。比較的、俺は動物が好きな方だ。なのに動物達は俺を避ける。けれど――特にこの黒い街猫は率先して俺の前を横切っていく朝が多いから、俺の心の癒しの一つだ。

 そんな事を考えながら、葬儀の帰り道、和装姿でそっと俺は屈んで手を伸ばす。
 俺の指先を舐めた後、猫は静かに通り過ぎていった。

 横切るというより、俺の後方へ。視線だけで振り返り、それを見送ってから、俺は歩みを再開した。

 そして、俺の中の天使であるローラがいる、絢樫Cafe&マッサージへとまっすぐ向かった。繰り返すが、『天使』だ。

 その天使に対して、俺は邪な思いを抱いている(多分)――なにせ最近のオカズ……夜のネタは、ローラばかりだ。

 ……俺って、同性愛者だったんだろうか?

 断じて違うと思う。慌てて首を振ると、髪が揺れた。そろそろ切りに行こうか。
 やはり、見た目は重要だ。特にローラのような美青年(天使)の隣に立つならば。
 って、あれ、いや、違う、隣に立つって俺の思考、止まれ!

 これじゃあ、完全に恋煩いだ。

 客と店員の恋は、世の中にはありふれているのかもしれない。だが、同性同士の客と店員の恋は、決して多くはないというか……想われている側が困惑すると、俺は確信している。きっと俺の気持ちを告げたら、最悪出禁――ローラは俺を避けるだろう。

 嫌だから待て、俺。俺の気持ちって……。

 思わず俺は、頭を抱えた。完全にこれは、恋だ。
 そう考えると、酷い胸騒ぎに襲われ、体が震えた。
 ドクンドクンと煩い心臓、ローラの天使のような笑を思い出すだけで熱くなる俺の頬。

 ――反して、嫌われたくないから、この気持ちは絶対に一生しまっておかなければならないとも思ってしまう。

「恋って辛いんだな……あ」

 ついに俺は、口に出してしまった。完全に、『恋』と口走っていた。
 ここまで来たら、認めるしかない。
 俺は、ローラが大好きらしい。

 すっかり恐怖が消えた絢樫Cafe&マッサージに到着した俺は、いつもより別の意味で緊張しながら、少しだけ憂鬱な気分と、けれどそれを越えるローラに会える嬉しさを、同時に胸に抱きながら、扉に手をかけた。

「いらっしゃいませ、Cafeですか? マッサージですか?」

 すると砂鳥くんが、いつもと同じように声をかけてくrた。
 俺はこの店で珈琲を飲んだ事は無い。
 だから俺もいつもと同じように、『マッサージ』と答えようとした。

「藍円寺さん、いらっしゃいませ」

 ローラが顔を出したのは、その時の事だった。ひょいと店の奥から顔を出したローラを見た瞬間――俺は口走っていた。

「好きだ、ローラ!」

 ……え?
 ……あれ?

 押し殺すはずだった恋心を、俺は明確に口に出していた。告白していた。
 俺の言葉に、ローラが猫のような瞳を丸くしている。

 その時、何故なのか、最近毎朝俺の指を舐める黒い街猫の瞳が、俺の脳裏をよぎった気がした。

「――そこまで俺のマッサージを気に入って頂けて嬉しいです。さ、こちらへ」

 するとローラが柔和に微笑した。
 ……。

 ま、まぁ、普通はそう捉えるよな――そう考えたら、俺は思わず真っ赤になってしまった。気づかれなくて良かったという思いと、口に出した途端これまでよりも募ってきた恋情で、俺の頬は非常に熱い。表情を見られないように、俯いて誤魔化す。

「――俺の事が好きなんだろ? 『そうだろ?』――早く来い、『命令』だ」

 その時、ローラの声がした。
 すると、何故なのか俺の思考がぼやけた。
 これは――”いつもの事”だ。ああ、いつもの夢が始まるらしい。

 奥の寝台へと手を引かれながら、これから俺は、『いつもの通り』の夢を見るのだと、直感的に理解していた。マッサージが終わると、必ず忘れてしまう、幸せな夢だ。

 ローラが俺を抱きしめる。
 ――その時、砂鳥くんの声を聞いたように思った。

「ローラって、本当に悪魔だよね」
「ん? 俺は吸血鬼だ」
「性格が」
「――どういう意味だ? 俺以上に優しく巧みな愛撫をする吸血鬼はいないと思うぞ」
「藍円寺さんが、僕や他のお客様がいる、公衆の面前で、いきなり告白するなんて……一体何をしたの?」
「別に? 俺は吸血鬼だから、猫にも変身可能ではあるが、それが何か? 他の客は、何も聞いた記憶が無いらしいが? そういう『暗示』をかけてやった」

 ニヤリと笑ったローラが、俺の顎を持ち上げる。

「藍円寺が歩いている所に通りかかったのはたまたまだ。確かに、『俺に気持ちを伝えろ』とは『思った』けどな」
「ローラが強く思ったら、自動的に暗示が発動するんじゃないの? ああ、けど」
「なんだよ?」
「――気持ち、かぁ。気持ちは変える事が出来ないし、藍円寺さんも、本当にローラの事が好きみたいだね。外見からは想像もつかないけど」
「外見からも想像できる。俺を見ると、真っ赤だろうが?」
「ローラのそこまで嬉しそうな顔は、僕久しぶりに見たよ……お幸せに」
「言われなくてもな」
「天使の外面の中身が悪魔ってバレないようにね」
「うるさい」

 二人のやりとりは、曖昧模糊とした意識の俺の耳には、上手く入っては来ない。
 ただ、ひとつだけ、強く理解している事がある。
 俺は――……。

「ローラ……好きだ」

 ……――ぽつりと俺が呟くと、ローラが不意に動きを止めた。
 短く息を飲んでいる。
 それから――俺の腕を引き、ローラが俺を抱きすくめた。

「俺はあんまり言わない。だから、一度だけ言う。とりあえず、一度だけ」
「……」
「俺も好きだ。二度目は――悪魔の俺を受け入れた頃、きちんと意識がある時に言ってやるよ」

 耳元でそう囁かれた後――そこから、俺の意識は完全に不清明になった。


「終了です」

 いつもの通り、肩をバシンと叩かれて、俺は我に帰った。
 また夢を見ていたように思うが、それがどんな内容だったかは思い出せない。

「またのご来店をお待ち致しております」

 そう口にしたローラに見送られ、俺は店を後にした。
 しばし歩きながら――ふと、脳裏に声が響いた。

『俺も好きだ。二度目は――』

 確かにローラの声だった。これは、何だろう?

「いやいやいや、俺ってまさか、恋煩いが酷すぎて、妄想か? 幻聴か?」

 焦って、一人恥ずかしくなり、片手で唇を覆う。
 再び赤面した自覚があるので、長めに目を伏せて瞬きをした。

 次に目を開けると、マッサージに出かける前にも俺の前を横切った黒猫が、再び俺の前を横切った。そのどこか紫味がかかって見える瞳が……よく見ると、ローラによく似ている。緑色だと理解しているのだが、どことなく菫のような色彩の光が入り込んでいるように見える。

「やっぱり、可愛いな」

 屈んだ俺は、それから猫を暫しの間見据え、その後、空を見上げた。
 真っ青な空は、快晴だ。

「いつか、ローラに告白できたらいいのにな」

 そう無意識に呟いた時、何故なのか告白した自分の姿が脳裏を過ぎったが、そんな現実は存在しない。


 ――この時の俺は、まだ、ローラが人間であると疑っていなかった。



【END】




[続きを読む]